「 眺 望 」 ― 2016年11月17日 10:18
「 眺 望 」
たとえば ホテルの部屋にいるのだと想像してくれ 君は
今 その部屋の水色の窓のそばに立っているのだ
窓は冷たい季節が送りこんでくる雨に打たれているのだ
色づいた樹々の艶(アデ)やかな寒さがむごく窓を濡らしているのだ
遠くに遠くにかすむ湖面の一部がそしらぬ顔で鈍く光っているだけなのだと
遮蔽された外の世界から忍び込む音はなぜかささくれてしまって 君は
たとえばスチームが発する音に調音できないからと独話の匙をなげながら
誰とも話す人はいないことを確かめて達観した様子で寛いでいる
そうだ 会話はどこまでも神経を逆なでする 発する音と聞こえる音はいつも和音からずれる
見える景色と見る景色も同じソリッドではなく 昇る階段と下る階段も流れる意味がずれていく
それで こわれた景色を背負って貼り付く景色にさまよう 君は
たった五十一文字で世界創造をたくらみ身勝手な感傷にほの酔い加減になり
世界を幾度も滅ぼし甦らせ変形し修整しあげくは圧力釜にそれを放り込むので
すでに見える窓も見える背景も壊れた文法のように脈絡を喪って
どろどろにのたうっている
冷静になればただそのことだけを見渡すために 君は
どこでもないここにたたずんでいるのだと冷静をとりもどし
いつまでもいつまでも
自分をいくつもちぎりとっては不機嫌な景色を構成する自分にむかって遠投しては
私が見なかった中は、何も完成してゐなかった と若いリルケの詩句を反芻する (※)
ことばがその内にこめるときめきや興奮を今更にまぶしく感じてしまった 君は
そのつぎに それらのことばにつながっていく空隙に己を退避させ
いまでは「あの」と連体詞を接続しなければ成立しないこころの明るみの映し言葉を
もちこむ行き場に困りはて どこまでもどこまでも
ただひたすらに濡れそぼつ窓の外を眺めているのだと
※ リルケ 『時間はかたむいて』 より
時祷集所収 茅野蕭々訳
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たとえば ホテルの部屋にいるのだと想像してくれ 君は
今 その部屋の水色の窓のそばに立っているのだ
窓は冷たい季節が送りこんでくる雨に打たれているのだ
色づいた樹々の艶(アデ)やかな寒さがむごく窓を濡らしているのだ
遠くに遠くにかすむ湖面の一部がそしらぬ顔で鈍く光っているだけなのだと
遮蔽された外の世界から忍び込む音はなぜかささくれてしまって 君は
たとえばスチームが発する音に調音できないからと独話の匙をなげながら
誰とも話す人はいないことを確かめて達観した様子で寛いでいる
そうだ 会話はどこまでも神経を逆なでする 発する音と聞こえる音はいつも和音からずれる
見える景色と見る景色も同じソリッドではなく 昇る階段と下る階段も流れる意味がずれていく
それで こわれた景色を背負って貼り付く景色にさまよう 君は
たった五十一文字で世界創造をたくらみ身勝手な感傷にほの酔い加減になり
世界を幾度も滅ぼし甦らせ変形し修整しあげくは圧力釜にそれを放り込むので
すでに見える窓も見える背景も壊れた文法のように脈絡を喪って
どろどろにのたうっている
冷静になればただそのことだけを見渡すために 君は
どこでもないここにたたずんでいるのだと冷静をとりもどし
いつまでもいつまでも
自分をいくつもちぎりとっては不機嫌な景色を構成する自分にむかって遠投しては
私が見なかった中は、何も完成してゐなかった と若いリルケの詩句を反芻する (※)
ことばがその内にこめるときめきや興奮を今更にまぶしく感じてしまった 君は
そのつぎに それらのことばにつながっていく空隙に己を退避させ
いまでは「あの」と連体詞を接続しなければ成立しないこころの明るみの映し言葉を
もちこむ行き場に困りはて どこまでもどこまでも
ただひたすらに濡れそぼつ窓の外を眺めているのだと
※ リルケ 『時間はかたむいて』 より
時祷集所収 茅野蕭々訳
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