「 今 」 ― 2016年09月18日 09:59

  「 今 」                                                 

若い時分は未来こそが妄想でありました
妄想が過去にまといつきはじめますと  
隠しおおせぬ老いがそのおもだちとなって浮かびあがるのです
だが若者も老人もひとしく
同じ今という早瀬に投げ込まれます  


今という「今」はつねに過ぎ去る姿でその身をあらわして
今はひたすらおのれの「今」を訴えてやみません
街路樹を打ち 足早に去っていったさきほどの驟雨のように つかのま
「今」が「今」に濡れそぼり「今」が「今」におびただしくあふれでてゆくのです
若者も老人も妄想の岸辺にすくみ立ち徒にそのすさまじさに戦いているのでしょうか


どのように身を翻しいかに逆巻いても流れを変えることはできないものなのに
逆らいたい抗したい逆らいたい抗したいと騒ぎたてる瀬音が耳にささってきます
かくも泡立ち逆巻く徒波に翻弄されて「今」が苦し紛れにしぶいています
その「今」に背を向けなお抗いつづけようとわたくしどもの妄想が未来と過去の暗渠に
なだれ込み吸い込まれまじりあう濁流となって十把一絡同じ方位をめざします


若い時分はそれが未来と私念しました
老いては過去と打算の濾過器に身を委ねます
こうして「今」を隠しおおせんと己と共犯しているのです      
「今」という「今」は 過ぎ去らんとする生を生きんとするいのちにととのえて
かくもせつなく「今」も「今」を生みだし「今」をさしだし続けているといいますのに


                                     - 2016.
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つれづれにしたためた作文を投稿させていただきます。本人は「詩」を書いているつもりですが,、恥ずかしながら「詩」とは何かがわかっているわけではありません。

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