「 みすヾさんのこと 」2017年03月10日 10:15

  「 オカアチャン、オシゴト、
    スコウシスルノ、オトウチャンニ叱(シカ)レルカラ、
    スコウシシテ、オブウチャントアソブヨネエ 」
       金子みすゞ
          『南京玉』(1929.10下旬~1930.02.09)より



左様
昔は小さな邦画館でしたが、今はあのスーパー。多分、その横手。
当時のまま残っている肩幅ほどの小狭い路地の、
えぇ えぇ、そうです あそこです
昔はさびれた飲み屋が数軒肩寄せ合う、なにやら湿っぽい路地の
えぇ えぇ、そうです そうです。

昼間から滅法薄暗いあのあたり
あのおひとがしばらく暮らしてなさったんじゃないでしょうか。

えぇ、それが、私の生家のすぐそばでしてねぇ。
あのあたりは今は昔遊郭の続きとか。もっとも私の子供時分には 
赤線なんてさすがに灯を落としていましたが港町のこと
それでも 地名ともども哀しげな店や女ども名残り漂っておりました。

いったいどういう塩梅であのあたりにお住まいになったか
そりゃ あたしらの知る由ではありません。
狭い路地の一角にあのおひと ご主人とお子さんと暮らしていなさった。

今でこそ みすヾさんちゅうたら、そりゃえらいもんで
かつてはツァーとか組まれるほど人気だったんでしょうが、
そのころ だぁれもあのおひとのこと知らんかった。
昔はねぇ そう思いますよ。
女性のもの書きなんて、ねぇ
それに大盛況のツァーでも、ここまでは足は伸ばしておらんでしょう。

まぁ 読者ちゅうもんは浮気なもんで、なんちゅうても ことばしか見ん。
ことばしか見んちゅうことは、それはそれ。
みすヾさんには
え(良)かったことかも知れんねぇ。

どういうわけでか、ご亭主がみすヾさんのせめてもの書きもの許さんと
えらい乱暴もなさったとか  
そういうふうに聞いてますよ 時代が時代やったけぇねぇ。 

そりゃ あんた いまさら そこまで ほじくりださんでも、 ね。
でも わたし気になって、気になって しようないのです。

みすヾさん
ことば残されんかったから
ことばよりきれいですさまじいもの
記しておりなさった。
まぁ、これは私の勝手な私だけのみすゞさん。

あんたでも わたしでも おなじと違いますか。
ことばなんぞ 知れたもんや。 そうじゃろうが。
だいたいが あれは ついでに出てくるもんじゃけぇ
ついでもんやけぇ。あふれでてやまぬ、ついでのいのちや。
   
そこで みすヾさん
ことばから切り離され ことばを断たれ
むしろ それで
ほんとうのもの 書いてなさったんにちがいない。
そう思いたい、とこれも私の勝手なみすゞさん。
それで、ほんとのことば 今も
折り畳まれてあの路地のどこかの隅に潜んでおりませんじゃろか。
えぇ えぇ、 これもまたわたしの勝手なおもい。

とはいえ わたしらだって あんた おんなじ路地 おなじ仕打ち
どこぞに こっそりあるんと お思いになりませんか。


みすヾさん どうお思いですか。

           
   
 金子みすゞ 
1903年(明治36年)4月11日 - 1930年(昭和5年)3月10日)
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つれづれにしたためた作文を投稿させていただきます。本人は「詩」を書いているつもりですが,、恥ずかしながら「詩」とは何かがわかっているわけではありません。

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